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手術前検査を受けるために医大へ行った帰りのこと。

Doctorから手術についての説明を聞き、
なんか、自分で思うより大変なことかも…と、
不安感や戸惑った気持ちを持ちながら車を運転し、色々と用事を済ませ、
最後に寄ったパン屋さん。

手にしたトレーにパンをのせ、さらに
奥の陳列棚へ進みパンを眺めていたら
ある曲のイントロが聞こえてきました。

佐野元春さんの「約束の橋」

まるであの時と同じシチュエーション。

以前、白血病で明日から入院ということになった時…。
病名ははっきり告げられませんでしたが、
「血液の病気、珍しい病気、10万人に3,4人…」など
Doctorから言われた単語を思いながら
自分に起きていること、明日から起きようとしていることに
悲しさと不安でいっぱいになりながら、
入院に必要なものを買うために店舗に立ち寄りました。
タオル、下着…と色々と選びながら、自然と涙目になってきます。

そんな時突然、佐野元春さんの曲が聞こえてきました。
当時、彼の音楽をよく聞いていたのです。

当時の彼は曲がヒットしていたわけではなかったので
彼の音楽がBGMとして、流れるということは
そうあるわけではありませんでした。

こんな事があるのかしら?
こんな偶然… まるで不安でいっぱいの私を励ましてくれているみたいだと
そう思えてなりませんでした。


そう…

まるで あの時と同じシチュエーション…なのです。

それも私が立っていた右斜めの棚に置かれているコンポから聞こえてきていました。

こんな偶然… あるのかしら…

と不思議に思え、あの時と同じように
励まされているように思えました。

これは、彼が励ましているというのではなく、
目に見えない私を守って下さっている方々が
彼の音楽を使うことによって、
励ましてくれているのだと思います。

他人がきいて 「な~んだ」 と思えるようなことかもしれませんが、
私にとっては、嬉しい偶然です。
なんでもないただの偶然であったとしても、
それを必然なる偶然だと思えれば
そこに 
「ありがとうございます」という感謝の気持ちを持つことができます。
そのことが大事なことであるのだと思います。

偶然は必然。
励ましてくださった方々、ありがとうございます。











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2014.05.15 / Top↑
静かな時間を持つ事が大事だって言うので、
ちょっと瞑想を。。。

自分の心を見つめ直し、
反省をすると
なぜか「ありがとう」という言葉が繰り返し出てきた。
それで、
心の中でずっと
「ありがとう、ありがとう……」と言っていたら、
突然、打ち出の小槌が現れて(閉じた目の中で見えてきた)
私の周りでその小槌が振られた。


いったいどういうことなんだろう。
打ち出の小槌の意味って、何だろうと思い
ネットで検索してみた。

打ち出の小槌を振るとその人が手に入れたいものが出てくるとか、
何でも望んだものが手に入るとか……。

「なんでも」ってところがちょっと引っ掛かる。
違うなぁ~と思う。

「日本神道 打ち出の小槌」 で検索。
……なんか違う。

瞑想中に自分が見たまま、感じたままの言葉を入れてみた。
「ありがとう 感謝 打ち出の小槌」

そこで なるほど~と思える記事を書いているブログに出会えた。

───

「ありがとう」を言えば、
言った数だけ それを言いたくなる現象が降って来る。

ただし、その逆も然り。
マイナスな事を思ったり、言ったりすれば、
それに見合った現象が降って来る。

あと、
「アトリエ一円」というタイトルのブログに

─── 「ことばは打ち出の小槌」
打ち出の小槌は、実は自らの言葉だった。
言えば言うだけ、それが言いたくなる現象が降って来る。
と書かれていた。

これなら 神理に適った内容なので納得。

本当は……
打ち出の小槌が現れてそれが振られたとき
(えっ!!お金が入るの!!)って 心がときめいた。。。





2011.09.16 / Top↑


「危険な17歳」……だったか?

テレビ番組の中で、
何方かが10代の子どもの心の不安定さを
そう表現しました。

中、高校生の頃って、
感受性が豊かで、そのくせ脆すぎて

世の中、親、自分自身など
思い通りにならないことだらけの様にも思えて、

心が重くて、痛んで、苦しくって……



高校生のとき、
夢の中で
歌が聞こえてきました。


     友達よ、
     泣くんじゃない
     今はつらくても
     友達よ
     泣くんじゃない
     明日は晴れるから
     ───


森田健作さんの「友達よ泣くんじゃない」という歌でした。
 
 ↓こちらで聞けます。
友達よ泣くんじゃない


昔テレビドラマの中で歌われていたのを
聞いていたことはあったけれど
夢の中で聞くまでは
思い出したこともなかったので、
目が覚めた時は、
私のことを見守っている方がいるんだ。
その方が私に伝えようとしているんだ。
と不思議に思いました。
私を見守ってくれている方がいる、という思いは、
私は一人じゃないんだと思えて、
勇気付けられたことを憶えています。

流れてきた歌詞は、
その時の私の心にまるで寄り添っているかのように
ぴったりとくるものでした。




2010.12.15 / Top↑
今月の13日の夜
可愛がっていた室内犬(シーズー)が亡くなった。

あと2週間もすれば、13歳になるところだったのに……。

悲しすぎて、
今もこうしてあのこの事を思い出しながら書いていたら、
涙が込み上げてきた……。

可愛がっていたペットを亡くし、
悲しみからなかなか立ち上がれずにいるという話をきいた事はあったけれど
その時は、( へぇ~、そんなに悲しいものなの? )という感想でしかなかった……。

亡くなった父親には申し訳ないけれど、
父を亡くした時の悲しみよりも
愛犬のチャッピーを亡くした時の方が悲しみが深い。
父とは、一緒に住んでいなかったから、葬儀後、喪失感はあっても深くはなかった。
居ないという悲しみから目をそらす事が出来た。
けれどもチャッピーは、
絶えず私の傍にいたから、
頭では亡くなったんだ、と分かっていても、
心があのこの死を受け止められずにいる。
いつも居るところに居ないのが、私には理解できない。
居ないのは、わかっているのに、
あのこを求めて、部屋の中で名前を呼んでしまう。

どうしていないのだろう?
会いたい、チャッピー。

本当に性質の良いこだった。
最後まで健気な子だった。
息を引き取る少し前まで、
凛として座っていた。
本当はあの時、すごくきつかったはずなのに……。

気になりながらも、座っているから大丈夫かな?と
夕食の準備があって、傍に付いていてやれなかったことが悔やまれる。
あの時、あのこは何を思っていたのだろう?
その後、ふと気付くと私の足元に来て、じっと正面を見つめて座っていた。
台所は寒いからと抱き上げてストーブの傍に連れて行った。
私は、その後、どうしただろう?
しばらく声をかけていた事は記憶しているのだけど……。
大好きな林檎を切ってあげても食べなかった。
── もうきつかったんだね。

ひとりで頑張らなくても、
もっと甘えてくれたらよかったのに。
健気過ぎて、心が痛い。







2010.11.22 / Top↑
先日、「Book off」へ本探しに行って来ました。
河合隼雄さんの本が読みたいので、
ブックオフで手に入ったら、ラッキーだなぁ~と思って。。。

河合さんの本は、単行本1冊と文庫本2冊を手に入れました。
単行本は、作家の小川洋子さんとの対談集
「生きるとは、自分の物語をつくること」 ───

少し前まで、一年だけでしたが、葬儀の式典の仕事をしていました。
葬儀場には故人がどういう人生を生きてこられた方だったのかが
書かれた大きなメッセージボードを置いていました。

ご遺影では、平凡などこにでもいそうな普通のおじいちゃんという感じの方であっても、
ボードの文章を読むと、例えばシベリア抑留時には…… など、
(あー、この人は大変な時代を生きてこられた方だったのだなぁー、
どこにでもいそうな、普通の人生を生きただけの人に思えるのに……)
私は、いつもその人が生きたきた物語をそこから感じ取っていたように思います。

どんな人にも、みなそれぞれの物語があって、
その人なりにその物語の中で懸命に生きていたんだという
その人が生きてきた現実をその場で感じていたのだと思います。




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「希望の法」大川隆法著
最後のところを読んで……
一番大事な事は、この最後で、
ここのために全てがあるように感じました。
それで、
ぼぅ~と考えていて、
何故今なんだろう? と。
人が今まで神などいないのかと、
神様がいるのだったら、何故助けに来てくれないのかと
そう人々が思った時代も何度となくあったはずなのに……
例えば、世界大戦の時、アウシュビッツでの大虐殺など……
目を覆いたくなる悲惨な時代は それ以外でもあった筈なのに、
その時ではなく、何故今なんだろう?……
そう思ったら、
もしかしたら、
今というときは、とんでもない時なのかも……知れない。
だから、今なんじゃないのかと。
2千年間何もなかったのに……
何故、今?

2010.03.01 / Top↑
昨夜見た 大河ドラマ 「龍馬伝」
龍馬が、初めて出会った吉田松陰から言われた言葉、

─── 考えるな。
     自分の心を見れば、答えはそこにある。

それを聞いた瞬間、心に深く残って何度も自分の中で反芻した。

ただし、その場で、メモろうとして書き留めるものがなかったので、
メモらないままに、その後、色々と雑用をこなしていたら、
聞いたままの台詞の記憶が曖昧になって、
本当のところ、松蔭の言った台詞の正確なものが分からなくなってしまった。

「……自分の心を見れば分かる」って言ったんだったっけ?……って。

台詞は正確には憶えてはいないないのだけど、
私の中の感性が摑んだものは、

─── 考えるな!
    何をしたいか、どうしたらいいのかは、
    自分の心を見たら、その答はそこにある!

「考えるな!」に、ドキッとし、「自分の心を見たら分かる」にドキッとした。


最近、ずっと思っている。

私は、何をしたらいいのだろう?
何がやれるのだろう?
せっかく生まれてきたこの生命(いのち)を
ただ日々を過ごすだけでいいのだろうか?
何か人の役にたてること……
何がやれるのだろう? って。



その後、キッチンでお茶碗を洗いながらその事を思い出して考えていた。

心を見たら分かる─── ってその通りだ、確かに答はそこにある。
考えるな!─── って、そう、人は世間体だとか、
そんなことやれるわけない、無理だ、できない、とか
世間の常識にあてはめて考えてしまって実行に移せない。
「勇気」があればいいのに、と思う。
私にかけているのは、「勇気」…… 昔から、そう。。。

後は、なんだろう?
何があればいいのだろう?─── 「愛」……
「勇気」 と 「愛」…… 後、何だろう?
「勇気」を何に使う?どう生きていったらいいかを考える……
考える言葉は…… 「知恵」?
「勇気」と「愛」と、「知恵」─── 
それがあれば、どんなに苦境に立たされようと、世界がどんなに混沌としようと
きっと、逞しく生き抜いて行けるに違いない。

    「考えるな!!」

この言葉の意味は、深い。


2010.02.08 / Top↑
ボランティアの研修に行く、その車中で聞いていたFMラジオから
偶然にも流れてきた「仏陀再誕」の主題歌。

     ♪…… さよなら仏陀、そう呟いてから 2500年……♪

初めて聞いたわけではないのに、車の中という狭い個室だったためなのか、
優しい声で歌うなぁ~と思いながら 聞いていて
その言葉を耳にした途端…… 
急に胸の奥が熱くなって、心が泣いているように感じました。

─── 何なのだろう? これって……。


さっき、他の人のブログを見ていて、
「仏陀再誕」の公式サイトに 今回脚本を書いた大川隆法総裁の息子さんの
インタビューが掲載されているというので、見てみたら、びっくり!!
カッコ良くない?
いったい…… どなたに……
いやぁ~、予想していなかったというか、
先生の若い時のイメージが強かったので、
ビックリ( 失礼(-人-;)ゴメンナサイ )してしまいました。

「仏陀再誕」 脚本 大川宏洋氏 インタビュー

 ↑ のサイトでご覧下さい。
   かなりのイケメンです。



それにしても……

アニメのラストの仏陀の説法シーン ……
もう一度観たいなぁ~。。。

アニメなのに、画面いっぱいにアップされて、仏陀が語るので、
まるで、現実に言われているような錯覚に陥ってしまます。
心の中で、思わず合掌していました。
すごいシーンでした。



2009.10.28 / Top↑

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